時は1966年4月。ヴェルヴェット・アンダーグラウンド(The Velvet Underground)はデビュー・アルバムのレコーディングに取り組んでいた。だが、それは決して順調とは言えなかった。マネージャーのアンディ・ウォーホルによって、新たな共同リード・シンガーとして最近バンドに加わったばかりのニコは、バンドにうまく馴染めていなかったのだ。ギタリストのスターリング・モリソンは1981年のNMEのインタビューの中でこう語っている。
「ニコには2つの声があった。ひとつは、フル・レンジでゲルマン的な“神々の黄昏”のような声で、私はまったく好きではなかった。もうひとつは、か細い声で、こちらは好きだった」
彼女が、ルー・リードによる心揺さぶる美しいバラード曲「I’ll Be Your Mirror」にどちらの声を使っていたかは、想像に難くない。
ニコの深く不吉なトーンは、アルバム収録曲「All Tomorrow’s Parties」を、荘厳で陰鬱なプロト・ゴスの名曲にするうえで大きな役割を果たすことになる。
だが、そのゲルマン的な恐怖を帯びた響きは、「I’ll Be Your Mirror」には合っていなかった。この曲が求めていたのは、同じアルバムに収められた不朽のバラード「Femme Fatale」で彼女が見せた、より柔らかなタッチだったからである。
そのため、バンドは彼女に何度もテイクを重ねさせ、その孤高のイメージとは裏腹に、ついにニコは崩れ落ちて泣き出してしまったのだ。バンドは、物事がうまく運ばないことにすっかり不満を募らせ、この曲を完全にお蔵入りにしようとしていた。だが彼らは、彼女に最後のチャンスを与えた。すると奇跡が起きた。その奇跡こそが、『The Velvet Underground & Nico』における最も忘れがたい名曲「I’ll Be Your Mirror」として永遠に刻まれることになったのである。
そうした状況にもかかわらず、この曲から伝わってくるのは苛立ちではない。そこに浮かび上がるのは、あまりにも無私で飾らない愛情の表現であり、そのあまりの純粋さゆえに、ルー・リードが築き始めていた“アンファン・テリブル(恐るべき子ども=反逆児)”としてのイメージを、デビュー当初から覆しかねないほどだった。
これほど大きな影響力を持つ楽曲でありながら、「I’ll Be Your Mirror」のサウンドは小さなスケールで成り立っている。モー・タッカーの慎ましいタンバリンが、きらめくギターの水面に小さな波紋を広げ、イントロではジョン・ケイルが愛嬌のあるベースのミスを聴かせる。そこへ、ニコがソット・ヴォーチェのモードで入ってくる。煙るような歌声が、リードによる無条件の献身の申し出に命を吹き込むのである。
「自分のことをどれほど厄介な人間だと思っていようと構わない」とこの曲は語りかけているようだ。「あなた自身が気づいていないかもしれない美しさを明らかにするために、私は真実の光を当てる存在としてここにいるのだ」と。
もちろん、ルーの歌詞はそれをもっと詩的に表現している。だが、その言葉と音楽が本来意図された通りに一体となってほどけていくのを聴けるのなら、わざわざ歌詞を読む必要はない。
アルバムの曲順で9曲目にこの曲が現れる頃には、バンドはすでに、ジャンキーを題材にした「I’m Waiting for the Man」、SMを扱った「Venus in Furs」、アヘンによる夢幻的な世界を描いた「Heroin」といった楽曲で、音楽の常識を徹底的に打ち砕いていた。退廃と闇、そして生々しいストリートの現実が渦巻く中、「I’ll Be Your Mirror」は、1960年代のもう一つの都会的でロマンチックなニューヨーク・ロックンロールの名曲、ジェリー・リーバーとフィル・スペクターによる「Spanish Harlem」に登場する、コンクリートの隙間から顔をのぞかせる一輪のバラのような存在だ。
https://www.udiscovermusic.jp/stories/ill-be-your-mirror-the-story-of-the-velvet-underground-classic
ってそのスレかよ
同じく
書こうと思ったらそのまんまかよ…
たぶん渋谷ラママだった
すんげー存在感だった
アニソン聴いててもあ、これニコの真似だろってのが結構多い
ってその話題なのかよ!
新ハガレンとかなるとのop歌ってたグループ



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