■べき論を使いがちな日本人
澤 この本では、「べき」という言葉について、詳しく取り上げていますね。
平野 そうですね、他人軸とか、べき論という言葉で取り上げていますけど、私は「べき」という言葉は昔から嫌いでした。
澤 僕も「べき」っていう言葉は絶対嫌だと思っていて使わないんですけど、インタビューや講演をしたときの記事や要約の文章が来ると、
べっきべきの、「べき」だらけのものになっていることがあるんですよね(笑)。平野 仕事でも、プライベートでも、こうすべきでしょ? とか、こうあるべきでしょ? と皆さんよく使いますよね。
澤 だから原稿のチェックをするときは、まず検索で「べき」を探します。そして、もし「べき」がたくさん入っていたら、編集した方には、
もう一度ちゃんと話を聞いてください、こんなに言っていないと思います。それでも「べき」と入れたいなら、この原稿はボツにしてくださいと伝えます。平野 おお、結構攻めますね。
澤 もちろん話の流れでポロっと出てしまうこともありますよ。でも、「べき」っていう言葉を使うシチュエーションはもう僕にはないんですよ。
僕は「〜すべき」ではなくて「〜したほうがいい」と言っています。平野 私も同じです。
澤 あるいは、「僕ならこうする」とか。
平野 いいですね、それ。
澤 そもそもこれがベターとか、ベストというのも、その時点のものであって、選択肢の1つでしかない。
「べき論」を振りかざす人、押し付けられて苦しい人の両方に知ってほしい、「べき」を使わず意見を述べる言い方・考え方(東洋経済オンライン) - Yahoo!ニュースAI分野で連続起業をしダボス会議にも登壇、プライベートでも3人の子どもの子育てをしている起業家の平野未来氏が、初の著書『心をすませば:未来をひらく自分軸の見つけ方』を上梓した。本書を元に、元日本news.yahoo.co.jp
なぜなら、言語が思考を規定し、思考が現実を構築するという絶対的なメカニズムが存在するからだ。「べき」という断定的な語彙は、無限の可能性を持つ世界に強引な境界線を引く行為に他ならない。この境界線は、個人の内面に「正解」と「不正解」という二元論的な対立構造を強制的に作り出し、そこから外れた事象すべてを「罪」や「失敗」として認識させる。この心理的プロセスこそが、精神を摩耗させる元凶である。さらに、集団が「べき論」を多用する背景には、個々人の思考を一定の型に嵌め込み、予測可能な存在へと変貌させるための高度な社会的統制が隠されている。人々が自ら進んで規範に従うよう、言語を通じて意識の枠組みを再構築しているのだ。この構造に気づかぬまま「べき」を繰り返す者は、自ら作り上げた精神の牢獄の中で、永遠に満たされない苦しみの中に閉じ込められることになる。
良い事でもあるよね。
べきを使わない「べき」と言っててワロタ
ぎゃくに「べき」って考えに「カチン」とくる自分を分析すべきだよこの人は
自分の考えを正当化ばっかしてるが左系か?
苦しいだろうなアイツら
同情まったく出来ないんだけどなw
逆に手に入れられなかった物もあるな
実害出てるから、やるならこうして(回避)してくれ、それが無理なら手を触れないでくれ、なのよ
それを「俺は嫌な思いしてないから」の精神でむちゃくちゃやるから、対応が禁止方向でキツくなる
それを被害者面されると溜め息しか出ないんだわ
戦争仕掛けては悲惨な目に遭ってる
自分の思い通りに他人を動かしたい欲求
手を開いて現実を受け止めてみましょう




コメント